「妻を労災で亡くした夫に遺族年金を支給する際、年齢制限を課すのは憲法上の平等原則に違反する」
先日、54歳の男性が労働者災害補償保険法の規定の違憲性を訴え、不支給決定の取り消しを国に求める訴訟を起こしたことが大きく報道されていました。
また、厚生労働省は年金改革の一環で配偶者ら遺族に支給される遺族年金の見直しに着手するようです。具体的には、遺族厚生年金の支給要件に男女差があるため、是正案を2024年度末までにまとめ、2025年度の通常国会に提出するとのことです。
昭和の世帯をモデルにした年金制度は女性の社会進出とともに転換期を迎えています。
変化する家族モデル
日本の年金制度は、昭和の高度経済成長を背景に正規雇用・終身雇用の男性労働者と専業主婦と子供という核家族モデルで作られています。
しかし、内閣府男女共同参画局の調査によると、男性労働者と専業主婦と子どもという家族形態は昭和55(1980) 年の857万世帯に比べ、令和2(2020)年では218万世帯となっており、年々減少して共稼ぎ世帯が増加の傾向にあります。
遺族年金のしくみ
日本の公的年金制度は、20歳以上の全ての人が加入する国民年金と、会社員や公務員が加入する厚生年金などによる、いわゆる「2階建て」と呼ばれる構造になっています。公的年金には、老齢給付以外にも障害給付や遺族給付があり、収入が途切れたときに給付を行う仕組みになっています。
遺族年金は、公的年金に加入し家計を担っていた人や年金を受け取っている人が亡くなった場合に、その遺族に年金を支給する仕組みで「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」があります。給付については、亡くなった人の年金加入状況によって、「遺族基礎年金」「遺族厚生年金」のいずれか、または両方の年金が給付されます。
複雑すぎる遺族年金ルール
- 遺族基礎年金
遺族基礎年金は、死亡した人によって生計を維持されていた「子のある配偶者」または「子」が受け取ることができます。
遺族基礎年金の支給額は「配偶者(夫または妻)81万6,000円+子の加算額」です。子の加算額は、1~2人目までは各23万4,800円、以降は各7万8,300円となります。子どものいない配偶者には受給権はありません。
- 寡婦年金
寡婦年金は、夫との婚姻期間が10年以上継続し、夫の死亡当時65歳未満の妻に支給さます。ただし、妻が60歳に達するまでは支給停止となり、遺族基礎年金と同時に受給することはできません。また、寡婦年金は高齢期の妻に対して支給されるもので、夫に支給されることはありません。
年金額は、夫が65歳から受給するはずだった老齢基礎年金の4分の3の額となります。
- 遺族厚生年金
遺族厚生年金は、厚生年金保険の被保険者または被保険者が受給要件に当てはまる場合、死亡された人によって生計を維持されていた「配偶者」「子」「父母」「孫」「祖父母」がそれぞれの優先順位に応じて受け取れます。
受給できる遺族の範囲と優先順位は、①配偶者または子、②父母、③孫、④祖父母となっています。また、死亡した人の収入によって生計を維持していた年収850万円未満であること、遺族が夫・父母・祖父母の場合、死亡当時55歳以上であることなどの受給要件があります。受給開始は60歳からになります。
遺族厚生年金の支給額は、死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額です。計算式としては「{(平均標準報酬月額×7.125/1,000×2003年3月までの加入月数)+(平均標準報酬月額×5.481/1,000×2003年4月以降の加入月数)}×3/4」となります。また報酬比例部分の計算において、厚生年金の被保険者期間が300ヵ月(25年)未満の場合は、300ヵ月とみなして計算します。遺族厚生年金には子の有無の要件はありません。
また、遺族が妻の場合、原則、終身受給できますが、30歳未満の子のいない妻は、5年間の有期給付となります。年金額は、死亡した人の報酬比例部分(厚生年金)の老齢厚生年金金額の4分の3に相当する額です。
65歳以上で老齢厚生年金を受け取る権利のある人が、配偶者の死亡による遺族厚生年金を受け取るときは、以下の①と②の高い方が遺族厚生年金額となります。
①亡くなった人の老齢厚生年金の報酬比例部分の3/4の額
②①の額に2/3を掛けた額と本人の老齢厚生年金の額に1/2を掛けた額の合計
<事例>
- 亡くなった人の老齢厚生年金の報酬比例部分の3/4の額 60万円
- 年金受給を受ける本人の老齢厚生年金の額が50万円の場合
60万円 x 2/3 + 50万円 x 1/2 = 65万円 > 60万円
このケースでは②の額が遺族厚生年金となります。
- 中高齢寡婦加算
遺族厚生年金の受給者が一定の要件に該当する場合は、遺族厚生年金に中高齢加算として61万2,000円(2024年度満額)が40歳から65歳に達するまで加算されます。
なお、中高齢寡婦加算は妻に着目した加算であるため、夫には加算されません。
また、受給するためには、死亡した夫が被保険者期間が300日(25年)に満たないこと、子のない寡婦の場合は、夫の死亡当時、40歳以上65歳未満であること、子のある寡婦の場合、夫の死亡当時40歳未満でも、遺族基礎年金を失権したときに40歳以上であることなどの要件があります。
なお、遺族基礎年金を受給している間は、中高齢寡婦加算は支給停止となります。妻が40歳以降で遺族基礎年金が支給されなくなった月の翌月から中高齢寡婦加算が加算されます。
改正見直しのポイント
このように、遺族年金の制度設計が昭和の世帯をモデルにしているため、現在の世帯モデルとのギャップが生じているとともに、制度自体が非常に複雑になっています。
今回の改正は、現行制度の問題点と現状の課題を解決すべく、以下に示したような男女差の解消と年齢制限による受給要件の見直しがポイントになります。
- 妻が亡くなったとき、夫は55歳まで遺族厚生年金を受給できない
- 遺族厚生年金の受給対象者に父母や祖父母が含まれている
- 配偶者は再婚すると遺族厚生年金を受給できない
- 寡婦年金や中高齢寡婦加算は夫は受給できない
- 同性パートナーが亡くなったとき、パートナーに受給権はない
安心できる備えが大事
生計を支えていた夫または妻が亡くなると、その後の生活が一変するなど大きな影響があります。受け取れる遺族年金額を知ることで、生活の過不足が見える化され、足りない分など万一の場合に備えることが可能になります。
今回、年金制度の見直しでは、時代の変化に合わせ、男女格差の是正が検討されるようです。家庭での男女の役割も時代とともに多様化しており、自らの家庭に合わせたライフプランニングが大切になります。人生100年のセカンドステージに向けて安心できる備えを確実にしておきたいものです。
(参考文献)
遺族年金ガイド 令和6年度版 日本年金機構