60代になって「マスク・ド・カメロ」を聴いたら、なぜか自分の人生と重なった

セカンドキャリア

最近、ポルノグラフィティの新曲「マスク・ド・カメロ」を聴きました。

最初は、メキシコのルチャ・リブレを思わせる、コミカルで勢いのある曲だな、くらいに思っていました。

ところが、歌詞の背景にある物語を知ってから、もう一度聴いてみると、まったく違って聴こえてきました。

「ああ、この歌は若い人だけの歌じゃないな」

むしろ、長く人生を歩いてきた人ほど、感じるものがあるのではないか。

そんなことを思ったのです。

「こんなはずじゃなかった」

60年以上生きていると、人生を振り返ることが増えてきます。

若いころに思い描いていた自分。
やりたかった仕事。
叶えたかった夢。

そして、家族のこと。

「あのとき、もう少し違う選択をしていたら」

そんなことを考える夜もあります。

人生が思い通りになった人は、どれくらいいるのでしょう。

私自身も、若いころに思っていた人生とは、ずいぶん違う道を歩いてきました。

「あの頃の自分が今の自分を見たら、何と言うだろう」

そんなことを考えることがあります。

きっと、

「思っていたのと、ちょっと違うな」

と言うかもしれません。

でも、それでいいのだと思います。

人生の主役になれなかったとしても

「マスク・ド・カメロ」の主人公は、華々しいヒーローではありません。

リングでは悪役として戦っています。

それでも、リングに立っている。

その姿が、なぜか自分たちの人生と重なります。

会社では、いつも目立つ人が主役だったわけではありません。

人知れず仕事を続けてきた人もいる。

家族のために、自分のことを後回しにしてきた人もいる。

子どものために頑張ってきた人もいる。

自分の夢を途中で諦めた人もいるでしょう。

振り返ってみれば、華やかなことなど何もなかった。

そんなふうに感じる人もいるかもしれません。

でも、毎日をきちんと生きてきた。

仕事をして、家族を支えて、いろいろなことを我慢して、つらい時期も何とか乗り越えてきた。

それだけでも、十分に大したことではないでしょうか。

「期待された自分」になれなかった

私たちは、ずいぶん長い間、誰かの期待に応えようとしてきました。

親の期待。

会社からの期待。

家族からの期待。

そして、自分自身が自分にかけていた期待。

「もっと出世しているはずだった」

「もっとお金を持っているはずだった」

「もっと違う人生になっているはずだった」

60代になると、そんな思いがふと頭をよぎることがあります。

でも、人生は思い通りにはいきません。

夢が変わることもある。

仕事や家庭の事情で、予定していた道を諦めることもある。

思いがけない出来事で、人生の方向が変わることもあります。

だから、

思い描いた人生にならなかったからといって、失敗したわけではない。

今は、そう思えます。

60代になって、少し見方が変わった

若いころは、「何者になるか」が大切でした。

どんな仕事に就くのか。
どこまで出世するのか。
どれだけ成功するのか。

でも、60代になった今は、少し違います。

「何者になったか」より、

「どんなふうに生きてきたか」

のほうが気になるようになりました。

毎朝、眠い目をこすりながら仕事に行った。

嫌なことがあっても、一日を終えて家に帰った。

家族のために頑張った。

子どもの成長を喜んだ。

誰かに助けてもらったこともあれば、自分が誰かを支えたこともあった。

そんな一日一日の積み重ねが、今の自分をつくっています。

誰かに褒めてもらえるようなことではなくても、自分だけは知っています。

「あの頃の自分、よく頑張ったな」と。

マスクの下にいる自分

「マスク・ド・カメロ」というタイトルを見ていると、人は誰でも、いくつもの顔を持って生きてきたのだなと思います。

会社員としての自分。

親としての自分。

夫として、妻としての自分。

社会の中で振る舞う自分。

そして、誰にも見せていない自分。

60年以上生きていれば、いくつもの「マスク」をつけてきたはずです。

その下には、若いころの夢もある。

諦めたこともある。

悔しかったこともある。

誰にも話さなかったこともある。

でも、それらを無理に消す必要はないのでしょう。

「あの時は、あれで精一杯だった」

そう思えるようになっただけでも、少し自分に優しくなれた気がします。

これからは、少し自分のために

60代になると、仕事を離れたり、子どもが独立したりして、これまでとは時間の使い方が変わってきます。

そこで、ふと、

「これから何をしよう?」

と思うことがあります。

でも、そんなに大きなことを考えなくてもいいのかもしれません。

行ってみたかった場所へ行く。

昔好きだった音楽を聴く。

読みたかった本を読む。

友人とゆっくり話す。

散歩をする。

何か新しいことを始めてみる。

あるいは、何もしない。

そんな時間があってもいい。

これまで人のために使ってきた時間を、これからは少し自分のために使ってもいいのだと思います。

「ここまで、よくやってきた」

「マスク・ド・カメロ」を聴いて、一番強く感じたのは、

自分の人生を、もう少し認めてもいいのではないか

ということでした。

若いころに思い描いた人生とは違っていた。

もっとできたことがあったかもしれない。

後悔することもある。

それでも、ここまで生きてきた。

60年以上という時間を、その時その時で精一杯歩いてきた。

それだけでも、十分ではないでしょうか。

人生は、誰かと競争するものではない。

華やかな人生でなくてもいい。

人から見て立派でなくてもいい。

自分なりに生きてきたと思えれば、それでいい。

そんなことを、この曲から感じました。

そして、最後に自分自身にこう言ってあげたいと思います。

「ここまで、よく頑張ってきたな。」

そしてもう一つ。

「これからは、もう少し自分の人生を楽しんでもいいんじゃないか。」

60代になった今だからこそ、そう思います。

「マスク・ド・カメロ」は、そんなことを静かに考えさせてくれる一曲でした。

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